食生活が違うと健康状態に差が出る!?

同じレベルの脂質異常症であっても、国や地域によって動脈硬化性疾患による生命・健康のリスクが大きく異なる事があるのは、前回のコラムの最後の方で触れました。なぜそのような差がでるのか?という疑問に対して、現在、各国で行われた大規模調査の結果を統合する形で解析が進んでいます。

国や地域によっての違いは、
① 人種による違い、すなわち遺伝子レベルでの違いによるもの
② 気候風土による違い
③ 食事や運動などの生活習慣による違い
③ 食事による影響
などが考えられますが、現在、最も有力な原因として考えられているのが、③の食事による影響です。

ヨーロッパにデンマークという国があります。デンマークは酪農が盛んな国であり、牛肉の生産と消費量が多い事で有名です。デンマークは動脈硬化性疾患、特に心筋梗塞についてはヨーロッパの中でも比較的高い発症率となっています。
しかしその一方で、北極圏という極寒の地、心筋梗塞や脳卒中の発症には最も不利な気候の中で暮らすイヌイット(デンマーク領であるグリーンランドに住むエスキモー)の人達は、何故かほとんど心筋梗塞にはなりません。その違いはどこにあるのでしょうか?

イヌイットの人達はアザラシを主食として生活しています。グリーンランドは、気候が寒冷かつ土地がやせているため野菜や穀物の生産量が非常に少なく、ましてや商業的な牧畜などが可能な土地ではありません。そのため、イヌイットの人達はグリーンランド沿岸で捕れるアザラシを主食としています。アザラシの肉を食べる事はもちろんとして、野菜などの摂取不足によるビタミンや微量元素などの欠乏も、アザラシの内臓を丸ごと食べる事により補っています。アザラシは魚を主食としているため、その肉や内臓には魚由来の成分が濃縮されて入っています。(その魚は海藻やプランクトンを栄養源としています。)
また、イヌイットは日常的に魚自体も食べますが、牛肉をはじめとした肉類を食べる事はほとんどありません。
よって、デンマーク本土の人々とイヌイットとで、心筋梗塞の発症率が大きく異なるのは、上記のような食生活の違いが原因であると強く考えられます。

では牛肉中心の食生活と、アザラシ・魚中心の食生活とでは、同じように肉を食べているのに何がどう違うのでしょうか?
その答えは肉に含まれる油の質にあります。

ω6(オメガシックス)とω3(オメガスリー)

牛肉や豚肉に含まれる油は、ω6(オメガシックス)系と呼ばれる油であり、アラキドン酸(AA)を多く含みます。それに対してアザラシの肉や魚にはω3(オメガスリー)系という油であり、エイコサペンタエン酸(EPA)を多く含みます。アラキドン酸(AA)は免疫力の増強に寄与するなどの利点も存在しますが、その一方で炎症の効果の増悪という負の側面も持っています。それに対してEPAは炎症の抑制効果を持つとされています。この違いがデンマーク人とイヌイットの心筋梗塞の罹患率の違いとなっているのでは?と推測されています。
このEPAとアラキドン酸(AA)のバランスを客観的に見るものが、EPA/AA比です。ちなみにEPA/AA比は、デンマーク本国では0.25程度、イヌイットは8.0程度と大きな差があります。イングランドやUSA(アメリカ合衆国)のEPA/AAは0.1強、南イタリアは0.3程度、日本は0.5~0.6程度と言われています。

日本人の心筋梗塞の発症比率は、イングランドやUSAのそれに比べて有意に低い事が知られています。この原因については、完全に解明されている訳ではありませんが、EPA/AA比に起因する要素が最も大きいのではないかと言われています。

EPA/AA比に注目しよう!

我が国の複数の大規模研究でも、EPA/AA比が0.4未満となると、心筋梗塞を始めとした動脈硬化性疾患が大幅に増加するという結果が出ています(注1)。また、日本本土に住む日本人より沖縄県民、沖縄県民よりハワイやカリフォルニアの日系人の方が心筋梗塞の発症が多いという事実もEPA/AA比の低下によって説明できると考えられています。Americanizeされた食生活の人の方が心筋梗塞を発症しやすいという事実は、EPA/AA比に反映された“食生活における油の取り方”の重要性を如実に物語っています。

健康診断ではコレステロールを測定する事はあっても、メタボリックシンドロームのインスリン抵抗性の指標や、このEPA/AA比を測定する事はまずありません。しかし、将来に起こり得る疾患の予防という観点から、これらの指標を測ってみる事はとても重要だと考えられます。特にEPA/AA比については、その時点での食生活を直接反映する明確な指標であるため、食生活を改善する事で容易に数値の改善が期待できますし、健康状態を改善する為の食事指導の指標として大いに活躍してくれることが期待されます。そしてEPA/AA比の数値の改善は、今後の生活において疾患の予防に大きく寄与するのです。

EPA/AA比を測ってみよう!

古くから体質は遺伝すると言われています。『メタボリックシンドロームや生活習慣病は、親から受け継いだ体質が原因なので仕方がない』と考える方も少なくないかもしれません。

確かに個々の体質の違いは遺伝による所が多少あると考えられますが、食生活の改善により、体質を良い方向へ変化させることで多くの生活習慣病などは予防可能と考える事が出来ます。

例えば、ご家族に動脈硬化性疾患(脳梗塞や心筋梗塞など)を患った方がいらっしゃる場合は、EPA/AA比を測定し食生活の改善に努めてみてはいかがでしょうか?
これらの疾患は、コレステロール値が高い方がハイリスクと考えられていますが、前述したようにEPAを多く摂ることでリスクを軽減できる可能性があります。このような食生活の努力で健康状態を大きく改善することが可能なのです。EPA/AA比が0.4以上である事、それが当座の目標値です。(もちろんもっと高いにこした事はないのですが)

EPA/AA比については、動脈硬化性疾患の存在が疑われる人であれば、健康保険を適応しての検査をする事が可能です。具体的には、糖尿病や脂質異常症がある人は保険での測定が可能です。それ以外の人は自由診療(自費診療)での測定となりますが、自費でも測定する意義のある検査であると考えます。

私は代官山パークサイドクリニックの外来に訪れる患者さんの中で、動脈硬化性疾患のおそれがある方を中心に、EPA/AA比の測定である【脂肪酸4分画の血液検査】を行う事を強くお勧めしています。EPA/AA比を測定することで、数値の上昇が食生活改善の指標となり、治療に取り組んでいく上でとても効果的です。

例えば、人間ドックや健康診断で『コレステロールがやや高いのだが大丈夫なのか?』や『血液検査を長い間行っておらず、現在の食生活で健康上大丈夫なのか?』など、漠然とした不安をお持ちの方でも是非相談して下さい。簡単な血液検査で測定可能ですので、どなたでも検査を受けることが出来ます。自費診療での測定も可能ですので、念のため調べておきたいという方でもお気軽にご相談下さい。

注1:福岡県久山町の大規模研究などが有名ですが、2011年8月発表の最新研究では、EPA/AA比が0.25以下の群と0.75以上の群とでは、心筋梗塞での死亡率で約3倍、その他の死因を合計した総死亡率で約2倍の開きがあるという結果が出ています。

代官山パークサイドクリニック
院長 岡宮 裕

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