ちょっと気になる脂質の話③-EPA/AA比の計測結果


脂肪酸4分画

血液検査の【脂肪酸4分画】という形でEPA/AA比を測るという事を前回のコラムでお話しました。
この脂肪酸4分画というのは、ヒトが体内で合成する事が出来ない脂質、すなわち食事から摂取する事が生命を維持する上で必要な脂質である必須脂肪酸のうちの4種類、ジホモ-γ-リノレン酸(DHLA)、アラキドン酸(AA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)の血中濃度を、採血により定量する事で測定します。

必須脂肪酸

必須脂肪酸は20個の炭素原子が縦列に連なる構造を持つ脂質であり、末端のメチル基より3番目の炭素に二重結合を持つn-3系不飽和脂肪酸と、6番目の炭素に二重結合を持つn-6系不飽和脂肪酸などに分類されます。n-3系不飽和脂肪酸は、ω-3(オメガスリー)系不飽和脂肪酸という呼び方で呼ばれる場合もあります。n-6系も同様にω-6(オメガシックス)系不飽和脂肪酸と呼ばれる事もあります。この脂肪酸4分画のうち、DHLAとAAはω-6系不飽和脂肪酸に、EPAとDHAはω-3系不飽和脂肪酸に属します。

メタ解析 – EPA(エイコサペンタエン酸)とAA(アラキドン酸)の比率

近年、この4つの脂肪酸が疾患の発生にどう関与しているかをメタ解析という手法を用いて分析しています。この結果、EPA(エイコサペンタエン酸)とAA(アラキドン酸)の比率が、動脈硬化性疾患の発生に関与する事が判ってきました。中でも心筋梗塞の頻度とは高い相関関係が認められています。我が国の研究でもEPA/AA比が0.4を下回ると、有意に心筋梗塞などのリスクが増えるという結果が出ています。

心筋梗塞の発生のメカニズム

上記の必須脂肪酸はどれもヒトにとって重要な物質であり、どれが無くても人間は生きては行けません。なのに、何故この様な違いが生じるのでしょうか?実は、AA(アラキドン酸)などのω-6系不飽和脂肪酸は、免疫力を高めるなどの良い効果も多く持つ、生体にとって非常に有用な物質ですが、細胞膜に作用して炎症を促進するという一面を持っています。それに対して、EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)などのω-3系不飽和脂肪酸は、細胞膜上でAA(アラキドン酸)に拮抗して炎症を抑制する効果を持っています。近年の研究では動脈硬化性疾患とくに心筋梗塞のリスクと、微細な炎症反応のマーカーである高感度CRPの間に相関関係がある事が判りました。つまり、動脈硬化の進行=心筋梗塞の発生のメカニズムには、動脈壁の細胞の炎症が関与している事が判ったのです。そのため、ω-6系を相対的に多く摂取する人は、ω-3系を相対的に多く摂取する人に較べて心筋梗塞などの動脈硬化性疾患になりやすいのです。

疑問点

しかし統計上では、同じω-6系でもAA(アラキドン酸)は心筋梗塞の増加に寄与するのにDHLAは関与しないというのはなぜか、という点は判っていません。また、同じω-3系でもEPAは心筋梗塞の減少に寄与するのに、DHAは関与しないという結果も不思議な感じがします。一昔前の脂肪酸系サプリメントはEPAよりDHAが含まれている事を重要視し、宣伝していました。しかし、このデータを素直に受け止めればEPAのみで良いという結論になります。どうなのでしょうか。

いずれにしても、導き出された結論は、動脈硬化のリスクファクターについては、ω-3系全体とω-6系全体の比率ではなく、“EPAとAAの比率のみを見ればよい”という事になります。EPA/AA比が高いほど動脈硬化性疾患のリスクが減少するのです。

これで、前のコラムでも触れた、日本人に心筋梗塞が少なく欧米人に多いという点は、食生活の違いからくるEPA/AA比の違いで説明できます。しかし、同じ動脈硬化性疾患である脳卒中(脳梗塞・脳出血)の日本人の発生率が少なくなっていないのは何故か?という点は判っていません。今後の更なる研究の発展に期待します。

EPA/AA比を測定してみました。

さて、本題に入ります。当、代官山パークサイドクリニックでも、EPA/AA比を測ってみました。目標は0.4以上。それ以下の人には食事などの日常生活指導を行う予定です。

先ず動脈硬化リスクのある患者さん6名に対して測定してみました。いずれもEPAを含有する医薬品(エパデール、ソルミラン、ロトリガなど)を内服していない人たちです。50歳未満の方が4名含まれていました。結果は、合格ラインの0.4以上はゼロ(!)、平均値は0.19でした。たしか日本人の平均値は0.5~0.6だったはずです。「リスクファクターを持っている人達だから、食生活も多少乱れていて、その結果EPA/AA比が低いんだろう」などとその時は思っていました。

予想外の結果! – 日本人の平均とは・・・

そこにとある雑誌の企画が舞い込んできました。詳細はここでは述べられないのですが、動脈硬化のリスク因子の無い(もちろん生活習慣病もなく、健康診断で異常を指摘された事もない)30代の女性3人のEPA/AA比を測定する機会を得たのです。(もちろん自費での採血です)。3人は、外食や自炊の頻度などを聞く限りは、ごくごく普通の30代の女性です。結果は、0.10、0.14、0.19、平均0.14でした。なんとリスクファクターを持つ患者さんのEPA/AA比よりもさらに低かったのです。この値はアメリカやイギリスのそれに近いものがあります。これは全く予想もしていない事でした。いったい何が起こっているのでしょうか?

ひとつ考えられるのは世代間ギャップです。日本人の高齢者のEPA/AA比は0.6強となっています。この世代の人に「週に何回位魚を食べるか?」と聞いたならば、おそらく「週6回位」などという答えが返ってくる事が多いのではないでしょうか。彼らに日常の食生活を聞いたならば、「朝食はご飯で、タンパク質・脂質のものが付くとしたら玉子焼きか魚、じゃこの類。ハムエッグや肉は間違っても食べない。夕飯も基本は魚で軽く晩酌。肉じゃが位は食べても、それ以上の量の肉を食べるときは稀。多い量の肉を食べるのは、ハレの日のすき焼き位。」といったところでしょうか。

それに対して若年層では基本的には肉、ハム、卵、乳製品がタンパク質・脂質の中心で、魚を食べるのは、高齢者にとっての肉と同様に例外的なものとなっています。

現在の日本に於いては、高齢者と若年層で全く違う食生活となっている事が予想されます。そのため、世代や地方によってEPA/AA比は大きく異なっている可能性が高いと考えます。そうなってくると、“日本人の平均”というものは意味をもつのでしょうか?

いずれにしても、日本人の平均などという漠然としたものではなく、あなた自身のEPA/AA比を把握しておく事が最も重要であると考えます。