日本人の食事と、EPA/AA比との関係についての考察

前回のコラムでEPA/AA比が、我が国の若年層に於いて欧米並みになりつつある懸念についてお話しました。
今回は、その理由についてです。これからの話はきちんとした統計データに基づくものではありません。なぜならば、きちんとした統計データ自体が、まだ存在しません。そのため、私の臨床経験に基づいた話が中心になりますので、今までの話と異なり、“学術的に確立された意見ではない部分もある”という事をご承知おきください。

日本と欧米の肉・魚の摂取量について

日本に於いて若年層のEPA/AA比が欧米並みになりつつあるとは言っても、食生活自体が完全に欧米化しているとは思えません。確かにファーストフードは急速に普及し、肉を食べる頻度も増えました。しかし、標準的な欧米人の家庭での食事の肉の消費量、レストランでのステーキの大きさなどを見ても、日本人の食卓が欧米と同一化している事はありえません。いくら日本人若年層の食生活が欧米化しているといっても、肉を食べる絶対量としてはまだまだ欧米人にはおよびません。また、魚を食べなくなったとは言っても、例えば居酒屋に行けば魚のメニューは豊富にあります。大学生の飲み会などでも、魚系のメニューを一切頼まないという事は例外的ではないでしょうか。いくら若者が魚離れの傾向にあるといっても、欧米人の魚の摂取量より、日本の若者の魚の摂取量の方が多いはずです。欧米より肉は少な目、かつ魚は多め。

それなのに何故、EPA/AA比が欧米並みになりつつあるのでしょうか?

そこで、当、代官山パークサイドクリニックで検査したEPA/AA比を含む脂肪酸4分画の結果を、もう一度見直してみました。ちなみに脂肪酸4分画とは、ω(オメガ)-6系(n-6系)不飽和脂肪酸であるDHLA(ジホモ-γ-リノレン酸)とAA(アラキドン酸)、ω(オメガ)-3系(n-3系)不飽和脂肪酸であるEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)の4つの脂肪酸の血液中濃度を採血により測定するものです。当クリニックが依頼しているラボの正常域は、DHLA 10.9-43.5、AA 85.1-207.8、EPA 11.6-107.2、DHA 48.6-152.4となっています。またEPAの絶対値をAAの絶対値で割ることによって、EPA/AA比を求める事ができます。

その結果、以下の傾向に気づきました。
① EPAの絶対値は予想したより少し低い
② DHAの絶対値については意外と低くない※(EPA低下例でもDHAは比較的保たれているケースが多い)
③ AA(アラキドン酸)が予想外に高い。中には信じられないくらい高い人もいる。
④ 上記①と③の結果、EPA/AA比がとてつもなく低い(悪い)

アラキドン酸(AA)の上昇理由

興味深い点は③のAA(アラキドン酸)が高い事です。アラキドン酸(AA)は高い人とそうではない人の差が大きいというのも特徴的でした。アラキドン酸の正常域は85.1~207.8となっていますが、295、297、311という高値の人もいました。この3人はいずれも35歳未満でした。この結果から見えてくるのは、『日本の若年層のEPA/AA比の急降下の原因は、EPA低下によるものよりもアラキドン酸(AA)上昇の方が大きく関与しているのではないか?』という事です。

その疑問を解決するために、アラキドン酸(AA)が297だった20代後半の女性の方にいろいろ話を聞いてみました。ちなみに彼女のEPAは42.1、EPA/AA比は0.14でした。EPAもそこそこ低いのですが、輪をかけてアラキドン酸(AA)が高いのです。そのため、細胞に炎症を生じて動脈硬化をきたす指標のEPA/AA比が極端に低下(悪化)しています。これほど高いアラキドン酸(AA)濃度にするには、たいへんな量の肉の摂取を必要とします。どれだけすごい“肉食女子”なのか(失礼!)と思って、日常の食事についていろいろ聞いてみましたが、帰って来た答えは意外なものでした。(ちなみに彼女の体系はややスレンダーで、無理なダイエットなどはした事がないとの事です。)

『独身で外食は比較的多いが自炊はする。夕食は自宅で手作りのことが多い。野菜が好きで良く食べる、オリーブ油系のドレッシングが好きでサラダによくかけるが、カロリーが気になる。魚は週2回程度食べる』ここまでは予想通りでした。しかし、『肉はあまり食べない、食べても週1~2回、下手したら魚より少ない頻度』という予想を裏切る答えが返ってきました。では何を食べているのでしょうか?『昼はコンビニのおにぎりやサンドイッチの事が多い。同僚とイタリアンのランチに行く事もある。』『お菓子の新製品はチェックする、そんなに大量に食べるわけではないが、コンビニの高級スウィーツを食べるのが楽しみ』との事でした。

上記の食事からは、肉を食べる事によるアラキドン酸(AA)の摂取は比較的少なめと推測されます。しかし、他の食品に含まれる油はどうでしょうか?上記の食事は一見すると油/脂質の含有量は少ないと感じます。しかし、サンドイッチはパン自体や具に油/脂質を含みます。また、コンビニのおにぎりはご飯が製造機械に付着しない様に油が炊き込まれています。この油は、ご飯を長時間やわらかく保つ働きもします。現代の若者は固くなる手作りのおにぎりの方を嫌う人さえいる様です。市販のメーカーの菓子も多くの脂質を含みます。これは高級スウィーツと呼ばれるものでも同様の傾向にあります。意外と油/脂質の摂取量が多い事に気が付きます。

肉以外から摂取する油/脂質をアラキドン酸への影響という面で見るとどうでしょうか?

まずドレッシングに使うオリーブ油ですが、これはアラキドン酸を大きく上げる事はありません。オリーブ油の主体はω-9(オメガナイン)系という別の脂肪酸の含有量が多いのです。アラキドン酸の上昇で問題になるのは、上記のその他の油です。コンビニのサンドイッチやおにぎり、スィーツに使われている各種の油については、その組成が明確にされていないものも少なくありません。(油の組成は企業秘密のようです)。もしかすると、これらコンビニの食品に含まれる油の影響でアラキドン酸が上がったのではないでしょうか?そう考えてアラキドン酸が高かった他の人達にも食事内容を尋ねてみると、コンビニ食、デパ地下、スーパーの惣菜などの利用が多いとの事でした。

「肉を食わずに魚を食え!」だけでは絶対に解決しない問題がそこにはあります。

今後、検証を重ねないといけませんが、もしこれが事実であるとすれば問題です。コンビニ食や惣菜に含まれている油自体は、それ単体ではそんなに悪いものではありません。植物性の油を中心に多くの油脂成分を組み合わせて、人体への安全性なども十分に研究して慎重に使用していると聞いています。また、アラキドン酸自体は必須脂肪酸の中でも最も有用なもののひとつです。免疫力が高まる事を期待してアラキドン酸を付与する方向の油を使う事もあるかもしれません。しかし、この様に健康に配慮されながら加えられている油が、アラキドン酸濃度を不必要に上昇させるなど脂肪酸分画の組成に影響し、結果的に動脈硬化性疾患のリスクを悪化させているのだったら看過できない問題です。

結論としては、昨今の日本の若者のEPA/AA比の急降下は、従来まで考えられていた“食の欧米化”の影響だけではなく、食品に添加された油に由来したアラキドン酸の上昇を特徴とする、言わば『日本型の脂肪酸分画異常』によるEPA/AA比の低下と言えるのかもしれません。
「肉を食わずに魚を食え!」だけでは絶対に解決しない問題がそこにはあります。

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