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抑肝散(54番) - 漢方の話 イライラ・不眠に効く漢方

抑肝散(ヨクカンサン)

抑肝散については、不眠・イライラ・ストレスのための漢方外来ページもご覧下さい。

抑肝散(ヨクカンサン)は、読んで字のごとく、東洋医学で言う「五臓六腑」の五臓の一つである『肝(カン)』を抑える薬です。肝(カン)は西洋医学で言うところの肝臓とはやや異なる概念のものです。肝(カン)の働きは肝臓の機能である @胆汁(タンジュウ)を排泄し解毒を司る A筋肉・腱などを栄養するなど全身を動かすエネルギーを産生する というものから、肝臓に直接的には関係のない働きである B全身の臓腑(ぞうふ)の働きを円滑にする C血液を貯蔵し供給を調整する働き そして肝臓の働きには全く無関係と思われる D感情をコントロールし謀慮を生む というものがあります。抑肝散は主にこのDに効果があります。

抑肝散の効果 イライラや不眠に効果的です

上記で挙げたように、東洋医学で考える「肝」には、神経や感情をコントロールする役割があると考えられており、その「肝」を抑える効果のある漢方薬が抑肝散です。
簡単に説明すると「イライラする」「気が(神経が)高ぶって興奮している」状態を抑え、気持ちを落ち着かせてくれる作用があります。(肝臓が悪い方がのむ漢方薬というわけではないのですね。)

例えば、我々が普通に日常生活をおくっていても『イラッとくる』事はないでしょうか?
そんな時、それに対して薬を飲むとしたらどうか考えてみてください。精神安定剤は、効果は確実ですが、眠くなるなどの副作用が強く、効果が出るまで30分程度かかるなど即効性もありません。即効性が求められる場合は注射薬の安定剤が使用されますが、これは医師・看護師に注射してもらう必要があります。また、これらの精神安定剤に対しては、使用するにあたって何かしらの抵抗感がある方が多いことも事実です(さすがにイラッとしただけでは精神安定剤は使いませんね)

その点、抑肝散は健康な方(精神・神経疾患を持たない方)でも安心に服用できる漢方薬です。眠くなるなどの副作用はありませんし、効果発現まで人によっては1〜2分程度と即効性があります。 例えば、腹が立ってお皿を投げて割りたくなった時に抑肝散を飲むとお皿を投げずに済みます。
ここまでのお話は、抑肝散の効果をわかりやすく説明するための、あくまで例えです。

では、実際にどのような症状の方に抑肝散が効果的か、具体例を解説します。 ・気が高ぶりやすく、日頃からイライラしやすい、怒りっぽい方 ・更年期障害によるイライラや神経の高ぶりがある方、神経症 ・日ごろから緊張が強く、体の筋肉がこわばってしまっている方 ・上記症状などが原因で夜眠れない方、眠りの浅い方 抑肝散は神経の高ぶりを抑え、気を落ち着かせることにより、体の緊張もほぐし、全身の筋肉のこわばりをほぐす効果があります。
肩こりが治るとは言えませんが、類似の効果は期待できます。(体をほぐし、肩こりなどを緩和するには、他の漢方薬を併用するとより効果的です。)
また、夜になると気が高ぶって眠れない、イライラして眠れない等の不眠の症状には特に効果的です。寝る前に服用することで、スーッと気が落ち着き、安らかな入眠と、そのあとの深い睡眠をもたらしてくれることが期待できます。眠りが浅い方にも効果があるようです。
このように、神経の高ぶりを抑える効果があることで、体がほぐれ、睡眠も良質となり、結果として疲れがとれ日々活動的になる、気分が上向き毎日が楽しくなる、イライラしないため余計なストレスを感じなくなるなど、身体にも精神にも良好な効果が期待できます。

抑肝散については、不眠・イライラ・ストレスのための漢方外来ページもご覧下さい。

※ただし漢方薬の効果には個人差があります。そのため期待した効果が得られない事もしばしばありますので、個々の体質(証)に応じて漢方薬を選択、調節する必要があります。可能なら漢方に詳しい医師に相談して処方してもらう事が望ましいと考えます。

抑肝散などの精神面に効果のある漢方薬の可能性

抑肝散をはじめとした、精神面に効果のある様々な漢方薬について、今後応用が期待されるのが、非疾患性の「抑うつ」「不安」「緊張」「焦燥感」などへの使用だと自分は考えています。(自身の臨床経験上からの考えです。)

具体例を挙げれば以下となります。 イライラや不安などのメンタル面の症状が、以前に比べあきらかに変化しているが、メンタル系のクリニックにかかるほどではないと考えている 不安などの症状がありメンタル系クリニックを受診したものの、病気ではないと診断されたが、辛い症状が相変わらず続いている。 うつ病ではないが“うつ状態”と診断され、『飲まなくても大丈夫ですが、念のため安定剤でも飲んでみますか?』と言われたなどの軽症例。 これらのケースは精神科・心療内科での治療の必要性はないものの、実際に症状をお持ちの方の多くは、非常に苦しみ、悩んでいるという実態があります。
当クリニックで診療をしている、男性更年期障害【LOH症候群】や、女性の更年期障害などの患者さんはこれらのケースに当てはまる場合があります。実際、多くの方に抑肝散などの漢方薬を処方しています。
こういう症状をお持ちの方へは、漢方薬を服用することでメンタル面の症状が緩和されることで、生活リズムが正常化し、本来の疾患の治療へもよい効果をもたらしてくれます。
逆に、いくつかの漢方薬を試しても効果が現れず、より悪化するような傾向のある患者さんについては、より適切にメンタル系クリニックへのコンサルトが可能となります。ストレスが多く、多くの方がメンタル面での悩みを持ちやすい現代社会に対して、多くの可能性を秘めた漢方薬の一つではないかと考えています。

また、抑肝散の新たな可能性として認知症などへの応用も行われています。2005年の岩崎らの研究で認知症の行動・心理状態(behavioral and psychological symptoms of dementia : BPSD)治療における抑肝散の有効性が報告されましたが、その後これらの分野に対する抑肝散の研究は非常に活発に行われています。
認知症については、治療が長期に渡ることが多いため、副作用が少ない治療薬が求められているという背景もあり、抑肝散などの漢方薬治療は最適であると考えます。アリセプトなどの西洋薬の認知症治療薬と併用が可能であるのも利点です。

抑肝散の生薬

漢方は自然の草木や鉱物などの成分である生薬(ショウヤク)を組み合わせて出来ており、抑肝散は以下の7つの生薬から構成されています。

蒼朮(ソウジュツ) キク科ホソバオケラまたはその変種の根茎 薬効は発散作用、健胃作用、利尿作用
茯苓(ブクリョウ) サルノコシカケ科マツホドの菌核 薬効は利尿作用、鎮静作用、健胃作用、対めまい作用、利尿滲湿作用、益脾腎作用
川きゅう(センキュウ) セリ科川きゅうまたは同属植物の根茎 薬効は、月経調整作用、活血作用、鎮痛作用
釣藤鈎(チョウトウコウ) アカネ科カギカズラの鈎刺のある茎枝 薬効は、鎮静作用、鎮痙作用、解熱作用
当帰(トウキ) セリ科カラトウキの根 薬効は補血作用、理血作用、月経調整作用、潤調作用、活血調経作用
柴胡(サイコ) セリ科ミシマサイコまたは同属植物の根 薬効は解熱、消炎、鎮痛作用、鎮静作用、抗菌作用、抗ウイルス作用
甘草(カンゾウ) マメ科ウラルカンゾウまたはネンキンカンゾウまたは近縁植物の根 薬効は、緩和作用、止渇作用、止痛作用

上記の生薬のうち川きゅう(センキュウ)、釣藤鈎(チョウトウコウ)、当帰(トウキ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)の5つは総て肝(カン)に作用して鎮静、鎮痙、鎮痛作用があり、蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)は甘草(カンゾウ)と一緒になって弱った脾胃(ヒイ:胃腸など消化器系全般を指す)を補う作用があります。
適応病名・効能はツムラによると以下となっています。
『虚弱な体質で神経が高ぶるものの神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症(疳の虫)』

抑肝散は、類似した薬は以前から存在したものの、原典は16世紀明代の医学書『保嬰撮要(Bao ying cuo yao)』に薛鎧(Xue Kai)、薛己(Xue Ji:薛鎧の息子)が収載したものと比較的新しい漢方薬です。

『魄』と『魂』

抑肝散の効果を精神的な側面から東洋医学的に見ると以下の様になります。
人間の精神には『魄(はく)』と『魂(こん)』というものが存在します。
『魄』とは本能的即物的欲望である陰の働きであり、肺に関連します。
『魂』は理性的で崇高な感情である陽の働きであり、肝に関連します。
生まれたばかりの人は『魄』のみですが、成長と共に『魄』から『魂』が生まれて次第に『魄』をコントロールして行く様になります。小児疳症など小児の落ち着きのない病態は『魂』の発達不足による肝気の不安定と考えられますので、抑肝散などにより肝気の改善を図ると良くなると考えられています。
上記の適応病名には存在しないものの、幼児期のチック、神経過敏状態、夜泣きなど落ち着きのない小児全般に効果的です。学童期などで問題となる注意欠陥/多動性障害(AD/HD)に対しても抑肝散は有効であると考えます。
また、てんかん、熱性痙攣に対しても補助的に抑肝散を使う事によって発症頻度を低下させる事や、症状を軽減させる事が期待できます。ただしこれらのケースでは、主たる治療薬である西洋薬に替わる働きを抑肝散が担うわけではありませんので、内服中の西洋薬を止めてはいけません。

小児に対しての抑肝散

抑肝散は中国では専ら小児にのみ使用されています。
東洋医学的な考え方では、小児は五臓六腑が幼弱で機能が不完全なため状態が急に変化しやすいとされています。また五行という考え方では、小児は肝気(カンキ)が亢進し脾(ヒ - 胃腸など消化器全般)が低下しやすいという特徴を持っています。
そのため小児は脾虚(ヒキョ -胃腸が弱く疲れやすい体質)による血熱や、腎陰虚(ジンインキョ - 腎の陰液不足の病態)による虚熱(キョネツ)を生じやすく、肝血不足となって肝気(肝火)亢進すると言われています。これが、小児が成人に比べて情緒的に不安定であったり、すぐに高熱を出したりしやすい理由とされています。

また、抑肝散特有の内服方法に『母児同時内服』というものがあります。これは夜泣きや疳の虫がある乳児の場合、母親が抑肝散を飲んでから母乳を乳児に与え、母乳を通じて児に薬を投与するという方法です。
これにより安全に乳児に薬を飲ませる事が可能になる上、母親の育児ストレスによるイライラや不眠なども軽減する効果が期待できるなどまさに一石二鳥と考えられています。

中国では小児にのみ使用されている抑肝散ですが、日本では江戸時代後期の折衷派(諸家の医術の利点を取り込んだ医術)の大家、和田東郭(わだとうかく、1744-1803)が初めて成人症例への有効性を記して以来、小児だけでなく成人、特に女性に数多く使われています。

抑肝散加陳皮半夏

大きな副作用は少ない抑肝散ですが、胃腸の弱い人は注意が必要です。
抑肝散に含まれる生薬である〔当帰〕〔川きゅう〕〔釣藤鈎〕が胃にもたれやすい性質を持っているため、長期内服の場合、胃腸に負担がかかりやすくなります。もちろん胃腸障害を生じる訳ではないので心配は要りませんが、この様な場合は、抑肝散に陳皮(チンピ)と半夏(ハンゲ)を加えた、83番・抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ)に変更して内服すると良いと考えます。
抑肝散加陳皮半夏は、陳皮の理気作用と半夏の胃内停水改善作用がプラスされる事によって、抑肝散の効能・効果に加えて、気鬱に対する効果の増強と長期処方でも胃腸症状が出現しにくいという胃腸保護作用を合わせ持っています。しかし抑肝散より生薬が2つ増えた分、やや即効性は失われています。

このように、誰しも抑肝散を飲んで高い効果があるわけではありません。その方の証、体質にあった漢方薬を服用することが大切なのです。
また、イライラに効く抑肝散に対し、クヨクヨと塞ぎこんでしまうような症状には、ほかの漢方薬が適用されるなど、単純に不眠だからと抑肝散を飲んでも効果がでない場合もございます。適切に効果を得たい場合は、当クリニックのような漢方処方を専門的に行う医療機関で、医師の処方のもとに服用してください。
是非当クリニックの漢方内科外来にもご相談にいらしてください。

抑肝散については、不眠・イライラ・ストレスのための漢方外来ページもご覧下さい。

代官山パークサイドクリニック
院長 岡宮 裕

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