過敏性腸症候群(IBS)の話


過敏性腸症候群(IBS:irritable bowel syndrome)は、特定の器質的疾患※1(きしつてきしっかん)が存在しないが、大腸の運動や分泌の異常によって下痢や便秘、ガスによる下腹部の膨満感、腹痛などを生じる病気の総称です。朝、通勤・通学時に腹痛と下痢を生じて電車を途中下車しなくてはいけなくなる人や、試験やスポーツの試合前に緊張で腹痛、下痢を生じる人などがこれに相当します。

※1器質的疾患とは、組織や細胞が、変形、変性あるいは破壊され、形が変わってしまうような疾患や疾病をいいます。

過敏性腸症候群(IBS)の日本における患者数は約1,200万人、成人における有病率は12.5%と言われています。男女別では女性がやや多く、20代・30代の若年層に多い傾向があります。過敏性腸症候群は①下痢型、②便秘型、③混合型の三つに病型分類されます。以下に有病率の一覧表を示します。

≪過敏性腸症候群の疫学≫

有病率 : 男性10.3% 女性14.7%

20代 17.7%
30代 16.2%
40代 12.6%
50代 10.2%
60代以上 8.8%

IBSの各病型の割合

  男性 女性
下痢型 46% 18%
便秘型 10% 35%
混合型 44% 48%

上記の様に多くの人が悩んでいる過敏性腸症候群(IBS)ですが、医療機関での治療はあまり行われていないのが実情です。その理由としては、①大きく健康を害する病気ではない事、②本人が病気であるという認識を持っていないという点にあると考えます。医療機関に行って相談しても、検査で異常がないと、不定愁訴※2(なんとなく不調)というカテゴリーで扱われ、頓服の下痢止めを出されて終わりというケースも珍しくありません。

※2 不定愁訴とは、特定の疾患に由来しない種々の自覚症状を差します。不定愁訴についてはこちらのコラムが参考になります。リンク:不定愁訴と漢方薬

 生命・健康に大きな影響を及ぼす疾患ではなくとも、過敏性腸症候群(IBS)は、症状の辛さという面では無視できない影響があります。疾患別のQOLスコア※3を見ると、過敏性腸症候群(IBS)は心身の活力、社会生活機能、心の健康などの項目を中心に低下が目立ち、総合的には糖尿病や高血圧の患者さんよりはるかにQOLが悪く、末期腎不全の患者と同等のQOLとなっています。つまり、過敏性腸症候群(IBS)の患者さんの病気に対する辛さは人工透析を目前に控えた腎不全の患者さんと同じくらいと言えるのです。

※3 QOL -クオリティ・オブ・ライフ (Quality of Life, QOL) とは、その人の人生における質や、社会的な観点からの生活の質。また、どれだけ人間らしく、自分らしく、幸福かという尺度を意味します。

過敏性腸症候群(IBS)は、身体の病気ではあるのですが、生活習慣やストレスが病状悪化の原因となっている事が少なくありません。そのため、規則正しい食生活や禁煙、アルコールの減量などを行う事が治療上は重要です。ストレスのかからない生活を送る事も重要です。通勤・通学や待ち合わせなどには余裕を持って行くなどだけでも効果的です。それでも症状が改善しない場合は医療機関に相談すると良いでしょう。

 過敏性腸症候群(IBS)に対して西洋薬による治療では、ポリフル/コロネルという便通異常改善薬や、大腸の運動性を抑制し痛みを和らげるトランコロン/トランコロンPなどが使われます。男性の下痢型だけに対してのみ使われるものにイリボーという薬があります。とても効果的な薬ですが、女性は飲む事ができません。(臨床試験で効果が確認されなかったとの事です)

漢方薬による治療 

過敏性腸症候群(IBS)に対しては、漢方薬による治療もとても有効です。

 基本的な処方は、60番・桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)です。シクシクとしたお腹の痛みに即効性がある漢方薬です。腸の状態も整えてくれます。やや虚弱な体質の人には、99番・小建中湯(しょうけんちゅうとう)に変更して処方します。下痢や便秘を繰り返す混合型や便秘型には、134番・桂枝加芍薬大黄湯(ケイシカシャクヤクダイオウトウ)が著効する場合があります。慢性の炎症が予想される場合は、128番・啓脾湯(ケイヒトウ)、もしくは啓脾湯に14番・半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)を加えたものが有効です。お腹の冷えがひどい時や冷たい飲み物で下痢が続く時は32番・人参湯(ニンジントウ)を使います。

 女性の過敏性腸症候群で、月経前に悪化する傾向がある人に対しては、逍遥散(ショウヨウサン)を使います。これはエキス剤には無いので、24番・加味逍遥散(カミショウヨウサン)で代用します。加味逍遥散に75番・四君子湯(シクンシトウ)もしくは43番・六君子湯(リックンシトウ)を加えて用いると効果が増します。

 過敏性腸症候群(IBS)は、適切な治療を行う事で症状が大きく改善します。それに伴い生活の満足度(QOL)も改善し、快適な生活が送れます。薬も漢方を中心に組めば体の負担も最小限で済みます。気軽にご相談ください。