新型インフルエンザワクチンの話です。
ここからは私自身の個人的な考えと予想などが入ります。少し極端な見方もあるかも知れません。
昨今ニュースなどで輸入ワクチンの事が話題になりました。
そもそも国産と輸入のワクチンはどう違うのでしょうか?
現在日本では、ワクチンの製造は4つの中小メーカーの手にすべてゆだねられています。それを大手のメーカーが買い取って販売しています。ワクチン製造メーカーでは様々なワクチンの生産が必要ですが、現時点では新型インフルエンザワクチンの生産に全力であたっています。インフルエンザワクチンの作り方は、ニワトリの有精卵にウィルスを植え付け時間をかけて培養します。そのウィルスをエーテル処理にかけウィルス粒子の形態を壊したスプリットワクチン(HAワクチン)とします。スプリットワクチンはウィルス粒子を不活化してそのまま使う他のワクチンに比べて副反応などが極めて少ない利点を持ちますが、免疫原性が低く有効性に限界があるとされています。そのためワクチンの製造にある程度のウィルスの量が必要となり、我が国の新型インフルエンザワクチンの生産能力は2700万人分となっています。その不足分を輸入ワクチンで賄おうというのが輸入ワクチンの背景にあります。
現在輸入ワクチンとして導入が計画されているのがグラクソスミスクラインとノバルティスの2社のもの、いずれも世界的な名門製薬メーカーです。
グラクソスミスクラインのワクチンは一部のロットに副反応が比較的高頻度に見られるとの事で回収されたためニュースになり、輸入ワクチンへの不安の元凶となった感があります。このメーカーのワクチンは国産に比べて1/4の量のウィルスから製造されています。ウィルスの量が少ない事による有効性を補う目的でアジュバンドという物質が付加されています。そのためウィルスによる副反応は少ないのですが、アジュバンドによる副反応は発現する可能性があります。国産のワクチンにはアジュバンドは入っていないためこの副反応は発現しようがありません。というか実は我が国にはアジュバンドを付与するための十分なノウハウがないため製造できないのが実情です。つまり遅れているのです。
ノバルティスのワクチンはウィルス量は国産の1/2ですが、細胞培養法という技術が導入されており比較的短時間での生産が可能となっています。
いずれにしても、極めて多い量のウィルスから製造され、確立されているとはいえ比較的古い製造法で生産された国産ワクチンを安全と盲信し、輸入ワクチンを否定するのは少し危険な気がします。少なくとも安全性の結論が出るまではいたずらに輸入ワクチンへの不安を煽らず、静観する必要があるのではないでしょうか?また、もしも我が国にアジュバンドの技術があり、それによりワクチンを生産していれば供給量は2700万人分から1億800万人分となります。国内の需要のほぼ総てを賄う事ができ、輸入ワクチンの介在する余地は無かった事になります。アジュバンドの是非は別として、このあたりは少し複雑な心境です。
タミフルの話です。
かれこれ十数年前です。当時アメリカ帰りの先輩医師から「A型インフルエンザにはアマンタジンが効く、日本では健康保険や安全性の問題で患者さんには出せないが」と教わりました。アマンタジンというのは商品名をシンメトレルといい、パーキンソン病の治療薬です。半信半疑だったのですが、自分自身がインフルエンザになった時に飲んでみたところ著効し驚いたことがあります。現在、シンメトレルは耐性のウィルスが多く出現したため使用される事が少なくなり、それに替ってタミフルやリレンザという抗ウィルス剤が使われています。
ところでタミフルは何からできるかご存じでしょうか?;
実は中華料理などで使う八角(トウシキミ)から抽出したシキミ酸から10回の科学変化により製造されたものがタミフルです。少し意外ですね。トリインフルエンザ騒動の時に中国でタミフルの類似薬が大量に生産され家禽に使用されていると問題になりましたが、原料を考えるときわめて中国と相性の良い薬かもしれないですね。ちなみに八角自体には抗ウィルス作用は無いためインフルエンザの時に八角入りの料理を食べてもインフルエンザは治りません。
この様に頻用されているタミフルですが、シンメトレル同様に耐性ウィルスの出現が近年増えており問題になっています。インフルエンザは重症化しなければタミフルなどの助けがなくても一週間以内に治癒します。ただし重症化した場合はタミフルなどの抗インフルエンザ薬の効果で生命が左右されるため耐性ウィルスの発生は気になります。このままタミフルが使用され続けて行くと、耐性ウィルスの出現によって、タミフルがシンメトレル同様に使えなくなる日が来ることも予想されます。では新しい抗インフルエンザ薬の開発はどうなっているのでしょうか?
ペラミビルという治療薬がこの冬からアメリカで使用が可能となりました。この薬は内服薬のタミフル、吸入薬のリレンザと違い注射薬です。インフルエンザと診断されたら15分程度かけて点滴をするというもので、通常は一回の点滴で良いとの事です。点滴のため内服ができない重症患者などにも使いやすく、目論見どおりの効果を発揮すれば死亡者数を大幅に減らす事が出来るかも知れません。また、近い将来により深刻な被害をもたらすかもしれないH5N1型のトリインフルエンザにも効果があるとされており、早期の医療現場への配備が期待されます。日本でも2010年末に承認が予定されています。
他に我が国のメーカーが開発している薬が2種類あります。
一つは第一三共が開発中のラニナミビル、CS-8958という吸入薬です。一度吸入すると一週間有効という特徴をもつ吸入薬で、経鼻スプレー薬の形態をとるとのうわさも耳にします。そうなれば乳幼児や高齢者にも使いやすいですね。
もう一つは富山化学が開発中のファビピラビル、T-705という経口薬でウィルスのRNAポリメラーゼ活性を阻害する薬です。この薬は前述のH5N1インフルエンザにも十分な効果が期待できますし、展開によっては他のRNAウィルス感染症にも応用の可能性があります。いずれにしてもインフルエンザに関しては何が起こるか予想できない面があるため、治療の選択肢が広がる事は良い事だと思います。それらに我が国の開発薬が二つ含まれているのは誇らしい事ですね。
今後インフルエンザはどうなって行くのでしょうか?
新型インフルエンザの流行は12月上旬に東京などの大都市圏ではやや落ち着く傾向にあります。今後は再度流行がおこるとの説と終息に向かうとの説があり予測は困難です。またB型インフルエンザの発生など季節型インフルエンザの流行の兆しも見え始めているなど、いずれにしても油断は禁物です。
インフルエンザの流行については興味深い点がいくつかあります。あるタイプのウィルスが流行するとその系統の他のウィルスの発生が、まるで申し合わせた様に激減する傾向にあります。来年以降A型H1N1ウィルスはソ連型が駆逐されパンデミック型となって行くのか、再度ソ連型が主流になりパンデミック型は終息傾向になるのか、それとも両者が共存するのか、興味深いところではあります。それはまた、来年のワクチン生産の方針にも大きく影響します。来年以降は出来ることなら一回のワクチン接種で済むにこした事はないため、可能なら新型、季節型の混合ワクチンとしてほしいものです。
最後にちょっと怖い話です。
2003年に中国とベトナムで確認されたA型H5N1トリインフルエンザですが、感染規模は比較的小さいものの全世界に拡大し、死亡者は計260人以上、死亡率は実に59%に達します。季節型や新型(パンデミック)インフルエンザに比べても遥かにウィルス増殖が速くあっという間に全身に広がり、またそれに抗して大量のサイトカインが分泌されます。ウィルス肺炎、ARDS、多臓器不全を併発し、極めて高率に死に至ります。早期に重症化する割に回復が遅いのも特徴でウィルス量の低下およびサイトカインの減少には3-4週間を要します。実に厄介なウィルスです。「急に悪化する風邪なのに治るまで一カ月を要し、感染力が最高レベルに高く、59%の確率で死亡し、20歳代の若者などの方が高齢者より死亡しやすい。」こんなインフルエンザが大流行したら、考えるだけで背筋が寒くなります。現在もこのウィルスは野鳥などが保有しており、ニワトリなどに感染、次いで人間に流行を引き起こす可能性を秘めています。
日本でも感染可能性のあるニワトリの全頭処分が過去に行われました。某知事がトリインフルエンザ発生時に現場を視察したパフォーマンスを記憶しています。この視察は本当に必要なことだったのか?と私は疑問を持っております。もし、これらの行為(視察)を契機にヒトへの集団感染起こってしまった場合、その責任はきわめて重大なものになると考えられます。これらは可能性として万に一つも起こらないケースかもしれませんが、もし発生してしまった場合の事の重大さを考えると、医師として軽々しい行動は避けてほしいと考えます。
他にも、もしもインフルエンザが他の致死性ウィルスの性質をも獲得したらというSF的な可能性も僅かに存在します。その設定で描かれたのが、映画「感染列島」です。これは架空の物語ですが、設定自体は良く考えられていました。まあ映画の方はやや陳腐な出来で、その後映画を原作としてビックコミックスーペリオールに連載された漫画の方がはるかに良く描かれていました。この漫画は興味があれば一度読んでみると良いでしょう。そんな事態の時には我々は感染から社会を守る戦いから、人類の生存を賭けた戦いを行うことになるかもしれません。まあ、今のところは物語の中だけの事ですが。
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