その昔、近代医学が成立する以前、医療は驚くほどクオリティが不均一でした。医師は自分の弟子に診察法を伝授し、門外不出の秘薬などを用いて治療を行っていましたので、医療機関によって治療の方法が大きく異なりました。人々は名医を探して遠方へも出掛けたものでした。

医療の近代化は、医療の質の均一化、グローバル化の歴史でした。標準的な診断法を確立し、病名を統一し、症状、所見に対する用語を統一し、治療法をある程度パターン化する。それによってどの医師の診療を受けても同じレベルの治療が受けられる事を目指したのです。現代、我々はどこの医療機関に行っても当然の様に一定のレベルの診療を受けられます。また、治療薬も我が国で入手可能な薬であればどの薬も選択できるようになっています。この至極当然の事が行われる様になったのは、せいぜいここ数十年の事なのです。

また、より専門性の高い診療を目指して医療の細分化も進んでいます。そのため、受診する側から見るとどの科に行って良いのか判らないという状況が出てきています。『専門ではないから』の一言で親身になってくれない医療機関が増えてきていると受診者が感じているのは悩ましい事です。

昔は『町のお医者さん』的な医療機関が数多くあり、とりあえず何でも診てくれました。自分が判らない病態については、『何日か時間をくださいね。』と患者にことわって、一生懸命勉強します。その結果、自分で診られる様なら自分の医院で診るし、自分の範疇を超えるようなら専門性の高い大病院に責任もって紹介するという方針で診療したものです。一家そろって同じ医院、中には親戚一同受診しているというケースも珍しくありませんでした。何でも相談出来て患者のために一生懸命、患者さんと共に歩む医師の姿がそこにはありました。

現代は専門外来という名のもとに医療の細分化が進んでおり、なかなか昔ながらの医療のスタイルは姿を消しつつあります。専門性の高い外来診療を支えるのが、各学会の専門家から構成される委員会が定める疾患治療の『ガイドライン』です。ガイドラインは、専門医はもとより、それ以外の医師にも専門性の高い医療を行える様に、診断・治療法の統一を目指すものです。

ガイドラインに沿って画一的に治療方針が決まる医療、それによって疾患による死亡率や合併症は以前の医療スタイルの頃に較べて明らかに減少しました。医療は確実に進化しています。しかし、ガイドライン医療が進んでも患者の満足度は上がって来ない印象があります。何故でしょうか?

ガイドライン医療の問題点は、あらかじめ方針が決定されている事にあります。ある検査値がガイドラインの診断基準を超えると疾患の診断が下され、治療基準を超えると自動的に治療が始まる。その治療法はあらかじめガイドラインに示されている、統計的に一番有利な治療法です。主治医や患者の選択権は少なく、治療を受け入れるか、リスク覚悟で拒否するかの二者択一になります。治療を行う側は患者のために一生懸命なのですが、患者の側から見ると少し納得がいかない面があるかもしれません。

その様な医療を私は『プレハブ医療』“prefabricated medical treatment”と勝手に名付けて呼んでいます。プレハブ住宅のプレハブです。プレハブとは英語の『prefabricate』(前もって製造する)の略です。患者の訴えに耳を傾ける代わりにデータ分析に重きを置き治療法を決定する医療のスタイル。医師が診るのは疾患をもつ患者そのものではなく、患者の中の疾患のみです。患者の思い、事情などはそこには一切反映されません。

最近は患者個人の体質などを見極めて最適な治療を行う『テーラーメイド治療』が脚光を浴びています。これにより疾患の治癒率もQOL(生命の質)も飛躍的に改善すると期待されています。これが素晴らしい治療である事には疑問の余地はありません。しかし、これもまた疾患をより精密に細分化するだけでプレハブ医療の範疇を超えません。言わば『高級プレハブ医療』です。

これらのプレハブ医療に欠けているものは何でしょうか?

私は『品格』であると考えます。患者は、患者である前に一人の人間であり、様々な想いをもっています。医師もまた医師である前に一人の人間です。治療を受ける側にも診る側にも、人格が有り、人としての誇りがあります。私は、治療を行う場合に大切なのは、人の想いや誇りを大切にする事であると考えます。言わば『品格のある医療(dignified medical treatment)』です。

品格のある治療を実現するためには医師が患者と対話する事が重要です。患者の考え、価値観を知り、尊重する。疾患の事を判りやすい言葉で説明し、治療の意義と必要性を説く。その上で納得して治療を行う。患者も医師の言葉に耳を傾け、疾患に真摯に向き合い治療を行う。医師も患者もお互いを尊重しながら共に良い治療を目指すという姿勢が大切と私は考えます。

理想的にはガイドラインなど治療の知識を充分に持ち、適切な検査を行い、正しい診断を下す。その上で疾患だけを診るのではなく疾患をもつ一人の人間を診る。私も患者となったらそうした医療機関にかかりたいと考えます。

- 私自身が受けたい医療を患者にも行う-  当、代官山パークサイドクリニックの開院以来のモットーです。私の母も祖父もそんな医師であり、小さいながらも温かい医院を営んでいました。私も志を継ぎ、代官山の地で診療を始めて3年。母や祖父に少しは近づけたでしょうか?目指すは、ガイドラインより出でて『品格のある医療』に至る道。『プレハブ医療』なんか要りません。

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岡宮 裕 院長
1990年 杏林大学医学部 卒業 慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科に入局 横浜市立市民病院・静岡赤十字病院・練馬総合病院他 腎臓病・高血圧・糖尿病・血液内科やアレルギー疾患など内科全般の幅広い医療に従事。 代々木上原の吉田クリニックにおいてプラセンタ注射を使った胎盤療法等の様々な領域について研鑽を重ねる。 2009年 代官山パークサイドクリニック 開業 2011年 海外渡航前医療センター 開設

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