コレステロールと健康 ~ 昔から現代へ、認識の変化

血液中の脂質(脂肪)の一つであるコレステロールの事は、ご存じの方も多いかと思います。コレステロールは細胞膜の合成などに欠かせない重要な栄養素であり、ヒトが生きてゆくためには、適度なコレステロールの摂取と血中コレステロール濃度の維持が必要となっています。

昔は、コレステロール濃度は高ければ高い程良いと推定されていましたが、その後の研究で、高すぎるコレステロールは動脈硬化を早め、心筋梗塞・脳卒中(脳梗塞・脳出血)などの発症を促進する事が判明しました。それを受けて健康診断などで血中総コレステロール値を測定し、基準を超えるコレステロール値の人には、コレステロールを下げる治療が行われる様になります。コレステロールの治療は、心筋梗塞・脳卒中(脳梗塞・脳出血)などの疾患が無かったとしても行われます。昔は病気が発症してから治療を行ったのに対して、疾患の発症を予防するために健康な人に治療を行うという現代の医療のスタイルが生まれた訳です。

この様に合併症の発症前から治療を行うものは、コレステロール・中性脂肪などが上昇する脂質異常症、尿酸が上がる高尿酸血症、血糖値が上がる糖尿病、血圧が上昇する高血圧症などがあります。甲状腺機能亢進症や低下症も広い意味ではこのカテゴリーに入ります。
最近では、従来までは予防・治療の対象ではないと考えられていた軽度の腎機能障害に対して、CKD(Chronic Kidney Disease : 慢性腎臓疾患の意味)という概念で予防的に対応しようという動きもあります。

コレステロールと突然死の関係

昔、コレステロール(血中総コレステロール値)が高い方が良いとされたのには理由があります。コレステロール値が高い人の方が、低い人より概ね見た目の上では元気です。また、肝硬変などの重症の肝機能障害を発症するとコレステロール値は下がります。(肝臓でのコレステロール合成能力が低下する事によります)。健康状態が悪化して死に向かう時などにも、コレステロール値は低下傾向になります。あくまでも見かけ上の事ですが、健康な人はコレステロールが高い傾向にあったため、コレステロール値は高い方が良いと考えられていたのです。

その常識が覆されたのは第二次世界大戦後の事です。医学の分野では、医師は自分が診た症例を研究し、医学的考察を加えて学会に報告し、その道の権威の医師達がそれらをとりまとめて治療指針を作ります。その指針をもとに、一般の医師は治療を行います。このスタイルは現在も変わる事なく行われています。大戦前まで、医学的指針を決めるにあたっては、権威の医師達の経験に依るところが大でした。そこにはどうしても“医学的常識”という名の先入観が付きまといます。第二次世界大戦後、高度に発達をとげた“統計学”が経済や科学の研究分野に広く取り入れられ、飛躍的に研究が進みました。従来の常識や経験が重要視される医学の分野にも、この統計学的手法は取り入れられて行きます。その結果、医師達が予想もしなかった事実が次々と浮かび上がってきたのです。

『コレステロール値が高い人は、見かけは健康だが突然死の確率が有意に高い』という事も、この統計学的手法で解明し得たのです。また、死因は心筋梗塞や脳卒中(脳梗塞・脳出血)が多いという事も判明しました。大戦前は権威の医師も知り得なかった『コレステロールが高い事は良くない』という事実は、現在では小学生でも知っています。

統計学的手法で判明した事実は、その後に基礎的研究が行われ、科学的に裏付けがなされます。コレステロールについては、高すぎる血中コレステロールは、動脈硬化を促進する事が判明しました。心筋梗塞や脳卒中(脳梗塞・脳出血)による突然死とコレステロール値の関係は、これで明らかになりました。この研究結果を受けて、心筋梗塞や脳卒中は“動脈硬化性疾患”という一括りの疾患群としても考えられるようになりました。そして治療面では、コレステロールを内服薬で下げる治療が始まりました。これによって、動脈硬化性疾患の発症率や死亡率を下げる事に成功したのです。

善玉と悪玉

しかしその後、コレステロール値が高くても動脈硬化性疾患になる人の群と、ならない人の群がいる事が判りました。そこで登場したのが“善玉コレステロール”と”悪玉コレステロール“の概念です。コレステロールには、動脈硬化を促進するというマイナスの役割を担う、いわゆる”悪玉コレステロール“であるLDL(低比重リポタンパク)コレステロール、動脈硬化を抑制するプラスの役割を担う”善玉コレステロール“であるHDL(高比重リポタンパク)コレステロールに分かれます。LDLコレステロールなどのリポタンパクは、過剰に存在すると動脈壁にへばりついてプラークという動脈硬化のもとを形成します。HDLコレステロールは、この動脈に張り付いたコレステロールを引きはがして肝臓に運んで処理をする事を促進します。動脈硬化に対しては、実は、善玉であるHDLコレステロールの相対的低下が最もリスクが高いという事が、その後の研究で判明したのです。

『HDLコレステロールとLDLコレステロールの比率は、1:2以下が望ましく、1:2.5を超えてはならない。また、HDLコレステロールは40以上かつLDLコレステロールは139以下でなくてはならない。』(注1)という事が判明し、これが総コレステロール値に替わる指標として用いられる様になったのです。つまり、コレステロールについては、「総コレステロール値が高い事よりも、HDL(善玉)コレステロールが低い事の方が動脈硬化性疾患については高リスクである」という事が判ったのです。これにより、病名も高コレステロール血症から、コレステロール異常症もしくは脂質異常症というものに変化しました。この概念は従来の総コレステロール・LDLコレステロール高値に加えて、HDLコレステロール低値も含みます。すなわち、HDLコレステロールが低ければ、総コレステロール・LDLコレステロールが正常でも”脂質異常症“という病態とみなされる訳です。

しかし、治療という側面からは問題もあります。現在に至るまで、HDLコレステロールのみを上昇させる薬というものは開発されていません。唯一、HDLコレステロールを上昇させる手段は、ストロングスタチンという総コレステロール・LDLコレステロールを強力に下げる薬を使うしかないのが実情です。総コレステロール値が充分高い人であれば、ストロングスタチンの使用は何の問題もありません。動脈硬化を予防するという観点からは、LDLコレステロールも下げて一石二鳥です。しかし、総コレステロール値が正常もしくは低めの人がストロングスタチンを使うと、総コレステロールを極端に下げてしまうという側面を持っています。前述の様に、コレステロールはヒトが生きて行くのに必要不可欠のものでもあるので、薬により極端に低値に誘導して大丈夫なのかという不安が残ります。そのため、HDLコレステロールのみ低いという人に対しては、現時点では適切な治療がありません。脂質制限を中心とした食事・生活改善療法のみで経過観察として対応しているのが実情です。(注2)

動脈硬化と糖尿病や高血圧の関係

HDLコレステロール、LDLコレステロールに次いで判明してきた事があります。同じく動脈硬化のリスクファクターである糖尿病や高血圧との関連です。コレステロールが高い事も、糖尿病が存在する事も、高血圧の存在もそれぞれ動脈硬化を引き起こします。これらは、従来までは独立したリスクファクターと考えられてきました。それぞれが独立した因子だとすると、動脈硬化のリスクはそれぞれの因子に対するリスクが単純に加算されるだけのはずでした。コレステロール異常値(脂質異常症)と高血圧の二つを持っている人の動脈硬化のリスクは、それぞれのリスクを各1とすると、『1+1=2』となるはずでした。しかし、統計データから導き出された結果は、より高いリスクが存在するというものでした。すなわち『1+1=3』となっていたのです。この結果を素直に読み解くと、一見無関係に見えるコレステロール異常症(脂質異常症)と高血圧の間には相乗作用がある、すなわち何らかの関係性と相互作用がある、という事になります。

メタボリックシンドローム ~ 内臓脂肪の蓄積

その理由を解明したのがメタボリックシンドロームという概念です。メタボリックシンドロームでは高血圧、脂質異常症、糖尿病などの病態はそれぞれ関連性があり、それらすべてが内臓脂肪の蓄積、すなわち内臓肥満に起因するという事が判明したのです。
内臓脂肪が蓄積すると、膵臓から分泌される血糖降下作用を司るホルモンである“インスリン”の効きが悪くなる“インスリン抵抗性”を生じます。つまり、内臓肥満のためにインスリンの働きが悪くなる、すなわち血液中の糖質を細胞内に取り込む事によって血糖を下げる働きが悪くなるのです。インスリンの抵抗性が亢進すると、インスリンの効き目の低さを補うために大量のインスリンが分泌される様になり、高インスリン血症という状態になります。高インスリン血症に伴うインスリン作用の過剰によって、糖尿病の発症はもとより、さらなる内臓肥満の傾向と高血圧、脂質異常症などの生活習慣病の発症の原因になるとされています。内臓脂肪を放置する事は、上記の生活習慣病すべてを悪化させ、相乗効果で高いリスクを招きます。逆に内臓脂肪を減らせば、上記の生活習慣病すべてにおいて良い影響があります。内臓肥満こそ諸悪の根源だったのです。

内臓肥満すなわち内臓脂肪の蓄積は、臍周囲径(もしくはウェスト周囲径)を測定する事で簡単に推測する事ができます。それを健康診断に反映したのが現在の住民健診、通称『メタボ検診』です。『ウェストサイズを測られちゃうんだよ!』というインパクトのあるキャッチフレーズの健康診断です。

インスリン抵抗性を直接調べる方法もありますが、本格的には、ある条件下での血液検査を行うなど少々専門的な検査が必要となります。簡易的にインスリン抵抗性を測定する方法としては、HOMA-Rという方法もあります。これは下記の式で求められますが、空腹時の血糖とインスリン値を測定するだけで算出可能ですので、とても便利です。
※HOMA-R=空腹時の血中インスリン値×血糖値÷405
    (1.6以下は正常、2.5以上はインスリン抵抗性あり、その間は境界域)

これからの課題

 しかし、これをもっても解決しない問題もありました。現在も根本的には解決していない問題であり、今後の課題です。なぜ同程度の脂質異常症やメタボリックシンドロームを持っている患者の突然死のリスクが、国や地域によって大きく異なるのだろうという点です。この問題は今までの統計学的手法では解決しませんでした。そのため現在では、複数の統計データを統合した大規模かつより客観性を持つ手法である『メタ解析(メタアナリシス)』による研究なども行われています。また、脂質異常を異なった観点から見直す動きも出てきています。詳細は次のコラムに書きたいと思います。

注1. 代官山パークサイドクリニックで採用している基準です。他の基準も存在します。また、LDLコレステロール値は、40歳以下については119以下が望ましいとされています。

注2. 現在アメリカでは、総コレステロールが低めの人に対してもストロングスタチンを使用するという試みを行って、その安全性などを検証しています。

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