新型コロナウィルス感染症(COVID-19)対策に伴う自粛要請により、レストランなどの飲
食店が苦境に陥っています。それを打開する策として、テイクアウトやデリバリーに力を
入れている店舗もあるようです。
レストランの味を家庭で楽しめるのは、自粛にあえぐ状況ではうれしい事でもあるので
すが、一つ気をつけたいことがあります。
それが食当たり=食中毒です。特に気温が25℃を超えて湿度も上がってくるこの時期は
注意が必要となってきます。

レストランでの食事の提供に関しては、スタッフがプロとしての衛生管理を行い、家庭
での調理より高いレベルでの食中毒予防を行っています。
しかし、従来までは店舗で出されているメニューをテイクアウトで希望しても、食べき
れない分を持ち帰りを希望しても、『食中毒予防の観点から許可できない』と言われる事
が、しばしばありました。衛生管理を行って調理した店舗内で供される料理がなぜテイク
アウトにできないのかからお話しします。
店舗内で提供される料理は、調理から概ね一時間以内に消費されます。
一時間以内での消費であれば、調理過程でのミスによる有害な食中毒原因菌の混入が無
ければ、調理後の皿の上での細菌の増殖はあったとしても小規模であり、食中毒を起こす
可能性は実質的には存在しません。(細菌学的に見ると、どんなに清浄な環境で作られた料
理でも、完全に無菌という事はあり得ません。)
しかし、テイクアウトとなれば事情は異なります。テイクアウトの場合は、調理から消
費まで数時間、場合によっては一日後など、店内での飲食に比べてより長い時間の安全性
が求められます。
そのため、スーパーなどの厨房で働く惣菜を作る人たちは、帽子を目深に被り、白衣に
エプロン、マスクをして、足はゴム長靴に履き替えます。レストランのシェフでここまで
衛生に配慮した服装の人はいないはずです。(逆にこの様な服装のシェフや板前が腕を振る
うレストランには、私個人的には行きたいとは思えません。)
服装など食中毒予防のレベルを高くすること以外にもテイクアウトでは食材にも気を付
けなくてはいけません。
細かい事を挙げるときりがないので、ここでは鶏卵の事についてのお話をします。
皆さんは牛丼は好きでしょうか?私は大好きです。
私の牛丼の食べ方は必ず生卵をかけます。牛丼にネギを加えるときも、キムチを足すと
きも、チーズをかけるときも必ず生卵は欠かせません。そんな人たちのため、吉野家など
の大手チェーンの牛丼屋で生卵を注文できないところはありませんし、中には、ネギ卵牛
丼などというセットメニューもあります。
このネギ卵牛丼、毎年6月から9月末までは、店舗では食べられるもののテイクアウト
はできません。同様に生卵や温泉卵のテイクアウトも不可能です。なぜでしょうか?
実は、生卵や半熟卵は、それに含まれているかもしれない細菌による食中毒予防の観点
で、夏は食品業界全体的にテイクアウトが出来ないのです。(固ゆでになった卵は、菌が死
滅しているためテイクアウト出来ます)。
卵にはサルモネラ菌という細菌が付着しています。卵の殻には40%程度、卵の中身にも
5%程度の確率でサルモネラ菌が含まれているとされています。

サルモネラ菌に感染すると、嘔気、嘔吐、下痢、38℃の発熱などを生じ、重症化すると
1%以下ではありますが、命を落とすこともある恐ろしい食中毒です。
サルモネラ菌は、牛や豚、鶏などの肉、鶏卵の摂取による感染や、菌をもった犬や猫か
らも感染すると言われています。
サルモネラ菌による食中毒を防ぐためには、食品では加熱調理(70℃ないし75℃以上
、1分以上)が必要となります。
また、生の牛肉や鶏肉は適切に冷蔵保存をしたものを、提供されてから短時間で食すこ
と。生卵や半熟卵も適切に冷蔵保存された消費期限内のものを食べること。さらに、小児
や高齢者、免疫低下をきたす疾患がある人や体調が悪い場合などは、これらの物を食べる
事は避けるべきと考えます。
生卵などサルモネラ感染を起こす可能性のある食材を夏場にテイクアウト出来ない事は
、レストランのテイクアウトメニューにも影響します。イタリアンレストランで提供され
るカルボナーラスパゲッティや半熟卵を載せたピザは、感染予防の観点からテイクアウト
出来ません。店の味をそのまま家で楽しむことは出来ないのです。
テイクアウト用のピザや宅配ピザの卵、カルボナーラスパゲッティの卵は75℃の加熱を
加えた固ゆでの卵(もしくは半熟卵に巧妙に似せた加工物)であるため、残念ながらお店の
ようなジューシーな食感は楽しめないのです。逆に半生の卵や肉系カルパッチョがテイク
アウト出来ても、この季節は不安ですね。
今回、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響でテイクアウトに乗り出すレストラ
ンが多い事には各地の保健所も危機意識を持っていて、食中毒予防のための啓蒙活動に力
を入れている様です。
さて、万全の知識を持って対応しても、嘔吐や下痢など食当たり=食中毒を疑わせる状
況が起こり、症状が強い場合は医療機関を受診する必要があります。
食中毒が疑われる場合の診療には、何を食べたのかが重要になります。食中毒の原因と
なる病原体には潜伏期間が存在します。潜伏期間は病原体によって異なり、短いものでは
30分から長いものでは72時間程度にまでなります。
そのため、診療に際しては、あらかじめ発症以前72時間に何を食べたかをメモしておく
とより正確な診断に繋がります。発症直前の食事の情報のみや、一緒に食べた人が症状を
発症していない場合も食べたものは伝える必要があります。
そのうえで適切な内服などの治療、状況によって各種検査を行います。
夏場の胃腸の不具合は、食中毒以外にも、通常の胃腸炎や各種ウィルスによる胃腸型の
感冒などによることも多く、単純に食中毒と決めつけるのは危険です。医療機関に相談す
る事をお勧めします。
今回は食中毒の場合として話を進めます。
食中毒などの細菌性腸炎の時の医学的治療は、基本的には西洋医学的治療になります。
嘔気や嘔吐、下痢に対しては対症療法薬の内服を行い、病状が高度で脱水を伴う時は点滴
による補液を行います。また、状況によっては抗生物質の投与が必要な場合もあります。(
抗生剤を必要とする消化管感染症=食中毒はごく一部であり、多くの消化管感染の場合、
念のために抗生剤も飲むという事はお勧めできません。抗生剤の内服は、善良な腸内細菌
も殺してしまい、日常の胃腸の状態の悪化を招く可能性があるからです。)
治療の多くは外来で行う事となりますが、重症となった場合は入院治療となることもあ
ります。
さて、食中毒の場合、漢方薬はどのような時に使うのでしょうか。

先ず、食中毒治療にあたっては西洋医学的な治療に加え、補助的に漢方を使う事は、治
療効果を高め有効です。
また、軽症の場合に漢方を第一選択として対処する事は、効果の速さという点でも、治
療薬が身体の負担となりにくいという点からもお勧めです。
では具体的には、どの様な漢方薬が使われているのでしょうか。
食中毒が予想されるときの漢方で先ず使われる事が多いものが『桂枝加芍薬湯(けいしか
しゃくやくとう)』です。
桂枝加芍薬湯は過敏性腸症候群の人が長期に飲む事もある漢方ですが、本領を発揮する
のは食中毒などを含む急性胃腸炎などの急性胃腸疾患のケースに於ける治療です。
桂枝加芍薬湯は、腹部膨満を伴う軟便、下痢、激痛ではないレベルの腹痛に即効性を持
って良く効く漢方です。特に腹痛については使いやすい薬と考えます。(西洋薬の腹痛止め
の薬は身体の負担が大きいのに対し、漢方は身体の負担が少なく、即効性という点でも勝
っています。)
桂枝加芍薬湯は、芍薬(しゃくやく)、桂枝(けいし)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、
生姜(しょうきょう)の五種類の生薬から構成されていますが、これは最も古来からある風
邪の漢方薬、『桂枝湯(けいしとう)』と構成生薬が全く一緒。芍薬を4gから6gに増量し
たものです。風邪薬を基本的にはそのまま使い、成分の一部(芍薬)の量を増やしただけで
、食中毒などの胃腸炎に効くというも不思議な話ですが、これも漢方の醍醐味です。その
ため、食中毒ではなく胃腸型の風邪であった場合にも桂枝加芍薬湯は効果的です。便利な
漢方薬です。
桂枝加芍薬湯の効果が不十分である場合は、附子(ぶし)という生薬を追加して下痢やお腹
の冷えからくる痛みの軽減や、利水作用の増強で嘔気や下痢自体の改善を計る場合もあり
ます。
食中毒などの胃腸炎による下痢や嘔気、脱水には『五苓散(ごれいさん)』という熱中症に
も使われる漢方が補助的治療として有効です。
食中毒を含む急性胃腸炎の場合は、腹痛を伴うことも多く、その場合は五苓散に『平胃
散(へいいさん)』を併用すると効果的です。
比較的軽症な胃腸炎の場合は、五苓散と平胃散の合包で生薬を加減した漢方薬、『胃苓
湯(いれいとう)』が使い勝手が良く便利です。軽症の食中毒、急性胃腸炎から脱水、飲み
すぎ・食べ過ぎ、二日酔い、軽度の熱中症までとりあえず飲んでみる価値のある漢方薬で
す。
胃苓湯は、ガスターなど胃薬や整腸剤との相性も良く、併用も問題ありません。使い勝
手の良い総合胃腸薬といった趣のある漢方です。
普段から胃腸が弱い人が上記の症状を呈した場合は、胃苓湯に『四君子湯(しくんしとう
)』を併用すると良く効きます。
東洋医学的には、長期間のストレスに晒されると、胃腸から“気(き)”という生命エネルギ
ーの低下が起こります。気が低下すると、心身ともに元気がなくなるだけでなく、免疫力
にも悪影響をもたらします。
おいしいものを感謝しながら食べる、それによって“気”が高まることは新型コロナウィ
ルス感染症によるストレス時代を乗り切る上では大切です。
食中毒の正しい知識を持って、美味しいデリバリーを楽しむことにしましょう。

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岡宮 裕 院長
1990年 杏林大学医学部 卒業 慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科に入局 横浜市立市民病院・静岡赤十字病院・練馬総合病院他 腎臓病・高血圧・糖尿病・血液内科やアレルギー疾患など内科全般の幅広い医療に従事。 代々木上原の吉田クリニックにおいてプラセンタ注射を使った胎盤療法等の様々な領域について研鑽を重ねる。 2009年 代官山パークサイドクリニック 開業 2011年 海外渡航前医療センター 開設