漢方薬の話 – 不定愁訴と漢方薬


不定愁訴

不定愁訴(フテイシュウソ)という言葉があります。医学用語としての不定愁訴の意味は、特定の疾患に由来しない種々の自覚症状を意味しますが、実際の臨床の現場では少し違った意味合いで使われます。西洋医学的には異常なし、つまり“健康”と診断されたのに様々な症状を呈している患者さんの諸症状をひとくくりに不定愁訴として扱っています。

実例

 実例を挙げます。だるさ、頭重感、熱感など「なんとなく不調」な状態が数カ月続くため内科を受診したが、血液検査などの諸検査では全く異常なし。内科的には全く問題ないため、精神的な問題であろうとの事で心療内科に紹介されるも大きな問題点は見当たらず、『不定愁訴』と言われた。とりあえず少量の精神安定剤を処方されるが、あまり効いている感じはしない。安定剤の内服により日中のだるさはむしろ悪化した感があり、結局薬を止めてしまった。

 上記の様なケースは、西洋医学による検査・治療ではなかなか解決しない場合が多いと思われます。西洋医学が比較的不得意とする分野だからです。

 西洋医学では責任病巣という考え方をします。症状がある場合、体のどこに異常があるかを徹底的に検査します。その結果異常が見つかるとその部分をピンポイントに強力に治療します。それに対して東洋医学は、症状を体のバランスの乱れという観点で診断し治療して行きます。西洋医学と東洋医学の違いを自動車の修理に例えると以下の様になります。

 西洋医学的診断法では、自動車の調子が悪い時、部品で壊れているものが無いか徹底的に調べます。その結果、悪い箇所が見つかれば部品の交換という手段で治療します。部品交換という治療手段しか存在しないのですから、不調の原因がハッキリしない場合はとりあえず差しさわりのない部品交換をして様子を見ます。これが上記のケースの精神安定剤に相当します。それでも変化がない場合は、『異常ありません。もともとこういうコンディションの車なんですよ』。不調が続く事を伝えても、『異常なくて良かったじゃないですか。それとも故障個所があった方が良かったとでも言うのですか?』という事になります。

 それに対して東洋医学的手法では、自動車の不調を部品の異常を一通り調べた後、全体の流れを見ます。ガソリンの質という『気の異常』はないか、冷却水の不足という『水毒』の状態は大丈夫か、エンジンオイルやブレーキオイルという『血の異常』は無いかなどを見ます。そしてそれらを改善するために可能な限り部品交換によらない修理(治療)を行います。これが東洋医学的治療です。実際は食事や運動など生活習慣の改善を行った上で、その人の体質に合った漢方薬を使って治療します。

西洋医学と東洋医学の得意分野

 西洋医学的手法と東洋医学的手法は得意とする分野が異なります。例えば癌の場合などは基本的に西洋医学の独壇場です。どこの部位の癌かを徹底的に調べ、可能なら手術などの手段で摘出します。早期の胃癌などであればこれでほぼ100%治癒します。早期胃癌に対して『手術はしないで漢方で体力をつけて癌に対処しましょう』という東洋医学的な治療方針は全身状態が極端に悪く手術が不可能な人などに限られるでしょう。漢方薬などの東洋医学的治療は術後の体力回復の一助など補助的なものに限られると思われます。

 それに対していわゆる不定愁訴の治療は漢方薬など東洋医学的手法が最適であると考えます。不定愁訴の様に責任病巣が存在しない場合は、東洋医学では体全体のバランスを本来の状態に整える事で症状の改善を図ります。漢方治療を行う上で重要なのは体質【証】を見極める事です。人はそれぞれが違った顔つきをしている様に、体質もひとりひとり異なります。その体質に合わせた漢方薬を処方する事が症状緩和につながります。したがって、漢方薬は同じ症状もしくは同じ病気でも体質によって異なる薬で治療をします。これを『同病異治(ドウビョウイチ)』と言います。具体的な例を挙げます。女性の更年期障害に対して漢方薬による治療はしばしば行われますが体質や症状に応じて以下の様に多様の漢方薬が使われます。

の婦人三大処方を中心に

などが使われます。

※本文章中の漢方薬の前に記されている番号は、ツムラ、オースギ、クラシエ、コタローなどのエキス剤の漢方薬に付けられている共通番号です。また、上記エキス剤の漢方薬はすべて保険適応で処方可能な漢方薬です。

 不定愁訴の治療に於いて漢方薬が有効であるもう一つの側面があります。それは薬の数が少なくて済む事です。上記更年期障害を例に説明します。40代後半の女性で以前より冷え、貧血、肩こり、頭痛があったが、ここ半年ほど月経周期が不順となり、それに伴いイライラ、ほてり、発汗、腰痛、不眠、肌の乾燥、むくみやすさが出現したとします。西洋薬でこれを全て対症療法的に治療しようとすると薬の量が膨大なものになります。ビタミン剤、鉄剤、消炎鎮痛剤、女性ホルモンのはり薬、精神安定剤、睡眠薬、血流改善剤、乾燥肌に対する塗り薬・・・。しかし漢方薬の場合は1つの薬で済みます。例えば、23番・当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)の体質【証】の人であれば、これ一つで上記の全ての症状に効く可能性があります。上記の『同病異治』に対して、『異病同治』もしくは『異症状同治』とでも言ったところでしょうか。(後者2つは私の造語です)。また西洋薬を使う場合でも、ベースに当帰芍薬散を使う事で西洋薬の数を大幅に減らす事が可能です。

加齢に伴う変化

 不定愁訴の西洋医学的治療でもう一つ悩ましいのは、『加齢に伴う変化』による症状です。誰でも年齢が上がると疲れやすくなり、目がかすみ、腰痛が出て、足がしびれ、頻尿・排尿困難に悩まされ、肌が乾燥してかゆくなり、しばしば顔や足がむくみます。これらを医師に相談しても『年齢による変化だからどうしようもないですね。』と片付けられます。もちろん検査の結果で心臓や腎臓に異常があったり、小さな脳梗塞があったりした場合はその病気に関してはガッチリ治療してくれますが、上記の症状に関しては何ら手立てをしてくれません。それに対しても東洋医学であれば治療を行う事が可能です。『腎気丸類(ジンキガンルイ)』というカテゴリーの漢方薬を使います。腎気というのは“先天の気”という人が生まれつき持っている生命エネルギーの事です。『腎気丸』というのは、腎気を補充する事によって理想的には若返り、『不老不死』を目指すという漢方薬です。まあ実際には漢方薬で不老不死を得る事は出来なかったのですが、腎気丸類を用いると加齢による症状・所見を若干改善してくれます。何となく不老不死っぽくなってくれるのです。腎気丸類の代表的処方は、7番・八味地黄丸(ハチミジオウガン)です。腎気丸類も体質【証】による漢方薬の使い分けが行われます。冷えを強く感じる人は、107番・牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)を、ほてりが有り冷えが無い人は87番・六味丸(ロクミガン)を使います。

八味地黄丸は腰痛や坐骨神経痛、むくみ、慢性疲労、頻尿の第一選択薬としても、糖尿病や高血圧の補助療法として使われる他、アンチエイジングのサプリメント的に健康増進目的にも使う事が可能です。もちろん男性にも女性にも効果のある薬ですが、八味地黄丸の体質【証】の方は中高年の男性に多いため、男性更年期障害/LOH症候群によく処方されます。これにより上記の症状の他にも陰萎の改善や疲労回復、健康感の増加など男性更年期障害/LOH症候群の症状・所見の改善が認められます。また最近の研究では、LOH症候群の患者への八味地黄丸の長期投与でフリーテストステロン(FT:遊離型男性ホルモン)の改善効果が有ることも証明されています。また、牛車腎気丸は中高年の女性の頻尿・尿漏れの薬『ハルンケア』と名称を変えて薬局で売られていますが、中身は同じものです。六味丸は中高年だけでなく、小児にも著効する事があり、しばしば使われます。

男性更年期障害/LOH症候群についてはこちらもご覧下さい。
代官山パークサイドクリニック:LOH症候群(男性更年期障害)

若年層の倦怠感

 10代から30代の人の倦怠感などの不定愁訴にも漢方薬は対応可能です。若い人の慢性的なだるさ、気力の低下などの「なんとなく不調」な症状に対して、東洋医学的には、食物から消化器系を通して体に取り込まれる生命エネルギーである『後天の気』が不足している状態と考え、これを補う治療を行います。漢方薬では、『補気剤(ホキザイ)』というカテゴリーの薬を使いますが、代表的な漢方薬は、41番・補中益気湯(ホチュウエキトウ)です。これも体質によって、48番・十全大補湯(ジュウゼンダイホトウ)108番・人参養栄湯(ニンジンエイヨウトウ)など他の補気剤と使い分けます。

虚弱体質

 すぐに疲れる、覇気のない、腸が弱くすぐ下痢をするなど虚弱体質の人の体質改善も漢方薬は最適です。43番・六君子湯(リックンシトウ)75番・四君子湯(シクンシトウ)32番・人参湯(ニンジントウ)401番・附子理中湯(ブシリチュウトウ)60番・桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)などを使い脾胃を立て直し、虚弱体質を徐々に改善して行きます。小児には桂枝加芍薬湯に粳米(コウベイ、米飴のこと)を加えた99番・小建中湯(ショウケンチュウトウ)を使う事があります。

頭痛

 その他の不定愁訴の症状に頭痛があります。慢性の頭痛(習慣性頭痛)、偏頭痛(片頭痛)の頻度を減らす治療としての漢方薬には、31番・呉茱萸湯(ゴシュウトウ)38番・当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウ)があります。肩こりに合併する慢性の頭痛には、1番・葛根湯(カッコントウ)23番・当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)が効果的です。頭痛が起きた時に対症療法としての痛み止めとしては、上記の31番・呉茱萸湯(ゴシュウトウ)124番・川きゅう茶調散(センキュウチャチョウサン)などがあります。頭痛時の対症療法としての漢方治療は、副作用が少なく依存性も無いなどの利点はありますが、西洋薬の消炎鎮痛剤に較べて薬の切れ味という面では今一つの感があります。頭痛がひどい時には消炎鎮痛剤を漢方薬と併用するのも良いと考えます。

ストレス・不眠

 ストレスや不眠に対しても漢方薬は有効です。ストレスに関しては、8番・大柴胡湯(ダイサイコトウ)9番・小柴胡湯(ショウサイコトウ)10番・柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)などの柴胡剤、24番・加味逍遥散(カミショウヨウサン)などが有効です。これらの漢方薬は、西洋薬の抗不安薬や精神安定剤、眠剤との併用が可能です。不眠に対しては、イライラする興奮タイプの不眠には54番・抑肝散(ヨクカンサン)、漠然とした不安を抱えた不眠には137番・加味帰脾湯(カミキヒトウ)から開始します。睡眠・覚醒のリズムが崩れた虚証の人には103番・酸棗仁湯(サンソニントウ)が著効する場合があります。東日本大震災後の避難所での不安の解消に酸棗仁湯が有効であったとの報告もあります。

 福島第一原発の事故以来、放射線障害に対する防護にも関心が高まっています。西洋薬では、放射性物質の甲状腺への集積を阻害するヨード剤などピンポイントに効果を発揮する薬剤はありますが、身体全体に効果的な薬は存在しません。その点、漢方薬であれば免疫系を賦活する事が可能ですので、放射線防護・損傷修復が期待できます。論文発表されているものには48番・十全大補湯(ジュウゼンダイホトウ)9番・小柴胡湯(ショウサイコトウ)があります。

 また、ダイエットの補助としての漢方薬という嬉しいものもあります。8番・大柴胡湯(ダイサイコトウ)20番・防已黄耆湯(ボウイオウギトウ)62番・防風通聖散(ボウフウツウショウサン)などです。防風通聖散は脂肪細胞の燃焼効率をアップさせる事が科学的に証明されています。軽い運動をしながら長期間服用する事で減量効果が期待できます。

 尚、上記の54番・抑肝散(ヨクカンサン)に関しては先日のコラム『抑肝散(54番) – 漢方薬の話 イライラ・不眠に効く漢方』でも取り上げましたが、感情をコントロールし謀慮を得る効果があるとされ、今注目されている漢方薬です。
 こちらは2月25日にNHKで放送される『夜なのに あさイチ 漢方特集』で特集が組まれるそうなので、気になる方は是非チェックしてみてください。